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果たして「東京裁判」は正当だったのか?

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日本は敗戦後、GHQによる「東京裁判」によって裁かれました。

東条英機板垣征四郎、土肥原賢ニ、松井石根木村兵太郎武藤章広田弘毅の7人の方々が、A級戦犯として絞首刑に。A級戦犯の罪状は、「平和に対する罪」「人道に対する罪」でした。

 では、「東京裁判」とは何だったのでしょうか?


【神発言】石原慎太郎「東京裁判を2回傍聴したことがあります」

東京裁判の性質

「平和に対する罪」「人道に対する罪」とは、戦後ニュルンベルグ裁判を開く際に決められた、言わば事後法。
法の不遡及」に違反した、国際法を無視した暴挙なのです。
東京裁判最高司令官であった、マッカーサーによって開廷されたこの裁判は、「戦勝国が敗戦国を裁くリンチ」「戦勝国による報復劇」でありました。
その狙いは、
 1.白人に歯向かった唯一の有色人種である、日本人への復讐。
 2.日本人に贖罪意識を植え付けて、二度と再起出来ないようにする事。

東京裁判の中で、唯一国際法学者であったラダ・ビノール・パール判事は、この報復劇に異を唱えました。

櫻井よしこ氏による見解

保守論客である櫻井よしこ氏の本を調べてみました。 

近年学界において、東京裁判について以下の二点が指摘されています。
まず第一に、歴史を裁判で裁いてしまったという行為自体が、果たして妥当であったのかどうか、という点です。
歴史解釈というものは裁判で決められるものではなく、あくまで学術研究によって徐々に定説が定まってゆくものです。
強引に裁判で歴史解釈の決着をつけてしまった結果、東京裁判史観をめぐって今でも政治化した歴史論争がなされており、負の遺産が現在も強く残っているのではないかという指摘です。

もう一つは、東京裁判で確立された国際法上の規範についてです。
たとえば「平和に対する罪」「人道に対する罪」という法源はそもそも国際法には存在せず、第二次大戦後に初めて唱えられたものですが、このような法源をもって戦犯を裁くための裁判の設置から判決に至るまでの規範は、事後的に東京裁判で確立されたものです。
それが戦後の国際社会にとってプラスだったと主張する学者の理想主義的な意見も、しばしばかけますが、戦後六十年間の国際社会をみると、東京裁判で確立した規範をもって戦争や人権問題が裁かれた例はほとんどありません。

引用元:『日本よ、「歴史力」を磨け』第六章より

さらに、日本はナチス独と比較され、「南京大虐殺」と「ホロコースト」が同罪であるかのような印象も、世界では持たれています。

この点について、次のような指摘がされています。

A級戦犯の問題を論じる際、東京裁判をニュルンベルク裁判と混同している人が非常に多いのが気にかかります。

欧州の戦争はヒトラー以下ナチス幹部が「共同謀議」によって一貫して計画し引き起こしたものであり、またユダヤ人迫害の残酷さは人類史上前例のない規模のジェノサイドでした。
これを裁くため、「平和に対する罪」「人道に対する罪」がニュルンベルク裁判で初めて登場したという経緯があります。

いっぽう日本を見てみると、戦争の開始から終結に至るまで、政府・議会は完全なかたちで機能を保ち、しかも満州事変、シナ事変、大東亜戦争を通じて一貫して戦争を指導した政治家や軍人はいませんでした。
つまりA級戦犯とされた人々は、通常の公務に従事していたに過ぎません。
また、戦略もなく、成り行きで戦線が拡大されて行ったため、侵略のための「共同謀議」なる実態もなかった。
少なくとも対英米戦争は自衛のための戦争で、通常の国家主義の行使でしかない。

引用元:『日本よ、「歴史力」を磨け』第六章より

石原慎太郎氏の動画にあるように、ネットによる情報共有や拡散力は侮れません。できるだけ多くの方に、正しい史実を知って頂きたいと思います。

 

 
舞子
東京裁判を実際に傍聴した人がいるんやな。うちが生まれるずっと昔やわ。色んな事を調べると、マッカーサーに行きつく感じや。ゆづ、どう思いはる?
 
ゆづる
そうだね。戦後レジームの元はマッカーサーの占領政策さ。在日も巧みに利用し、民団や総連もGHQが作ったんだ。欧米の植民地支配の定番といったところかな。舞子ちゃん、ネット民の仲間入りだよね(笑)